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東京地方裁判所 昭和56年(わ)3815号 決定 1984年6月19日

①決定

証拠等関係カード記載の検察官乙証拠番号一四ないし一九の各証拠(被告人海野の検察官に対する各供述調書。以下「乙一四号証ないし一九号証」という。)を刑訴法三二二条一項該当書面として採用決定したことに対する被告人海野の弁護人らの各異議申立並びに乙一四号証及び一五号証を刑訴法三二一条一項二号後段該当書面として採用決定したことに対する被告人神田の弁護人らの各異議申立について

主文

本件各異議申立をいずれも棄却する。

理由は左記のとおり

第一 一 被告人海野の弁護人らの本件各異議申立の趣旨及び理由の要旨は、裁判所が検察官請求の乙一四号証ないし一九号証を取調べる旨決定したのは、いずれも刑訴法三一九条、三二二条、三二五条に違反し違法であるから、右各採用決定を取消し、右各証拠の取調請求を却下する旨決定されたいというのである。

二 そこで、検討する。

1 被告人海野は、第三三回ないし第三八回、第四〇回及び第四一回各公判調書中の同被告人の供述部分において、昭和五六年一二月八日逮捕されて以来、同月一三日を除き同月一五日まで川原史郎検事から受けた取調の状況等について、(一)右期間連日長時間にわたり夜遅くまで取調を受けた、(二)大声で怒鳴られた、(三)書類を机の上に叩きつけたり、物差しで机を叩かれた、(四)ボールペンで右目を突き刺そうとしたり、首根つこを左手で押えつけて、ボールペンの先を右目の黒目の真中をねらい、目玉につく寸前まで突きつけられた、(五)座つている椅子を蹴られ、一度は椅子が倒された、(六)取調室の壁面に向かつて立たされた旨供述している。そしてこの点、川原検事は、第四二回公判調書中の証人川原史郎の供述部分において、右(一)の事実は認めるものの、右(二)ないし(六)の各事実を全面的に否定しているが、証人大野正男及び同石井吉一の当公判廷における各供述並びに大野正男ほか一名作成の各接見メモ、石井吉一作成の接見メモ及び大野正男作成の接見メモによれば、被告人海野が川原検事から取調を受けていたころ、弁護人らとの接見の際に、「川原検事から(1)大声で怒鳴られた、(2)目の前にボールペンを近づけて振られたりした、(3)座つている椅子を蹴られた、椅子をバタンと倒された、(4)壁に向かつて長いこと立たされた」などと話していることが窺え、したがつて被告人海野の前記供述部分がすべて信用できないということもできず、結局、川原検事の前記証言を最大限考慮に入れても、その取調方法について少くとも右各接見メモに記載されているような範囲内で大声で怒鳴つたり、ボールペンを近づけたりという同検事の行為があつたのではないかとの疑いが残るといわざるを得ない。すなわち、検察側において被告人海野が弁護人らに接見の際述べているような右(1)ないし(4)の各事実の不存在を立証できない以上、本件において被告人海野の検察官に対する各供述調書(乙一四号証ないし一九号証)に記載された供述の任意性を判断するにあたり、右各事実の存在を前提とするほかないということになる。

2  ところで、東京拘置所長作成の昭和五八年六月八日付回答書によれば、被告人海野は逮捕後二〇日間にわたり検事から取調を受け、その取調も連日に及び、一日の終了時刻が夜一一時ころまで達したこともあつたことが認められるが、これをもつて直ちに被告人海野に対し、著しい肉体的・精神的苦痛を与える違法な措置がとられたということができないのはもとより、このような取調の期間や時間の長さなども、他の事例等にみられる長さなどに比し極度にこれを外れたものとは認められず、むしろ、本件の事案の性質や複雑さ(関係者も多数で、周辺事情の捜査も不可欠である)などに照らし、ある範囲で必要やむを得なかつたものと認められ、現行法制のもとで、身柄拘束中の被疑者に対する取調として合理的に許容できる範囲を著しく越えたものと認めることはできない(なお、被告人海野の場合、拘置所内で高血圧症に対する医療措置もとられている)。

次に、前記のとおり前記(1)ないし(4)の各事実はこれが存在するという前提に立つべきところ、そこで川原検事がその取調中にこのような行動に出たことが許されるかどうか検討するに、たしかに取調官が拘束中の被疑者に対し右のような行為に出ることは、その取調方法ないし態度として適切かつ妥当なものであつたとはいい難く、被疑者の心理に若干の不当な影響を与えるおそれもないではないが、右各行為自体が強制、拷問等にあたるものでないことは明らかであるし、その用いられた物理的力の強さ、頻度、また、川原検事の通常の状況における取調態度ないし方法等に照らし、違法な手続により又はその過程で得られた自白を排除するという立場に立つてみても、右(1)ないし(4)掲記のような行為があつたことで検事の取調が全体的に違法なものとなるとは認められず、したがつてその過程で得られた自白がすべて排除されることになるなどとはとうていいうことができないのみならず、本件においては、後述するように川原検事に右のような行為があつたことと、被告人海野が馬場俊行検事の取調の際になした自白ないし不利益事実の承認との間には因果関係も認められないところである。

3  更に、前記各公判調書中の被告人海野の供述部分、被告人海野の検察官に対する弁解録取書、被告人海野の検察官に対する昭和五六年一二月一〇日付及び同月一二日付各供述調書、被告人海野に対する勾留質問調書、第四二回公判調書中の証人川原史郎の供述部分、証人大野正男及び同石井吉一の当公判廷における各供述に加え、検察官から提示された本件各供述調書の記載内容を検討してみると、被告人海野は検察官の面前においても、被告人神田からビネロンの弓を受け取つたこと自体は当初から認めているものの、これを賄賂として受取つたか否かについては全面的に自白しているものではないこと、プレスセンダーの選定に関し一〇〇万円を貰つたことについても色々と言い分を述べていること、すなわち、検察官からの理詰めの追及を受けて、これに対応する供述が変転している点も窺えるが、しかし被告人海野が自己の言いたいことあるいは考えていることを曲げてまで検察官の追及に屈して供述したとは認められないこと、馬場検事は昭和五六年一二月一六日から同月二七日まで被告人海野の取調にあたつているが、その取調方法等は通常一般のものと異ならず、同検事が身体的な暴行を加えたり、具体的な脅迫文言を申し向けたりしたことなど一切認められず、また被告人海野の馬場検事に対する供述に川原検事による取調の影響があつたとも窺われないこと、しかもこのように取調を受けている間、被告人海野はかなりひんぱんに弁護人らと接見し、その助言を受ける機会が与えられていたことなどが認められる。

4  以上を綜合して考えてみると、被告人海野は、取調期間が連日二〇日間にわたり、毎日の取調時間も長く、川原検事にその取調中若干不当な態度をとられ、ときにかなり厳しい理詰めの追及と受け取れるような尋問を受けたことも窺えるが、全体として、同被告人は検事の取調に対し自己の言いたいことあるいは考えていることを述べるという態度で貫いていたことが認められ、右のような若干不当な取調によつても、その供述内容に影響を受けることなく、また検察官から厳しい追及を受けても、それによつて心理的にさほど激しい動揺を生じさせてはいなかつたと認めることができる。

してみると、なお乙一四号証ないし一九号証は馬場検事が被告人海野の供述を録取した書面であることにも照らし、乙一四号証ないし一九号証に記載された同被告人の供述は、同被告人に不利益な事実の承認をした部分を含み、いずれも任意にされたものであると認められ、同被告人に対しては刑訴法三二二条一項により証拠能力を有する。

したがつて、検察官請求の乙一四号証ないし一九号証の証拠調請求を採用した各決定になんら違法な点はない。

第二 一 被告人神田の弁護人らの本件各異議申立の趣旨及び理由の要旨は、裁判所が検察官請求の乙一四号証及び一五号証を刑訴法三二一条一項二号後段該当書面として取調べる旨決定したのは、いわゆる特信性についての判断を誤つたもので違法であるから、右各採用決定を取消し、右各証拠の取調請求を却下する旨決定されたいというのである。

二 そこで、検討する。

1 検察官請求の被告人海野の検察官に対する昭和五六年一二月二〇日付及び同月二三日付各供述調書(乙一四号証及び一五号証)は、いずれも同被告人の公判期日における供述とその供述内容が相反するか又は実質的に異なつたものと認められる。

2 次に、乙一四号証及び一五号証に記載された被告人海野の供述すなわち、前にした検察官の面前における供述がいわゆる特信性を有するものと認められるか否かについて判断するに、被告人海野の検察官に対する右各供述が任意になされたものであり、同被告人において自己の言いたいことあるいは考えていることを述べるという態度を貫いて供述したものであることは、前記第一認定のとおりである。

これに対し、被告人海野の公判期日における供述は、公訴提起後に得た資料などに基づいて述べる部分もあり、その意味で自己の記憶をそのまま述べているものではなく、更に被告人海野の公判期日における供述によつても明らかな同被告人と被告人神田との従前からの関係、本件の審理経過、争点の共通性等を考慮すると、被告人神田との間で相互にその利益となるよう供述を符合させていることも窺え、以上を総合して判断すると、乙一四号証及び一五号証に記載されている被告人海野の検察官の面前における供述の方が、同被告人の公判期日における供述よりも相対的に信用できる情況下において供述されたものと認めることができる。

3 したがつて、検察官請求の乙一四号証及び一五号証は、刑訴法三二一条一項二号後段によりその証拠能力を有するものであるから、これを証拠として取調べる旨の各決定になんら違法な点はない。

第三 結  論

以上の次第で、乙一四号証ないし一九号証の各採用決定に対する被告人海野の弁護人らの本件各異議申立及び乙一四号証及び一五号証の各採用決定に対する被告人神田の弁護人らの本件各異議申立はいずれも理由がないから、各刑訴法三〇九条三項、刑訴規則二〇五条の五によりいずれもこれらを棄却することとし、主文のとおり決定する。

②決定

証拠等閑係カード記載の検察官乙証拠番号二ないし八、二四及び二五の各証拠(被告人神田の検察官に対する各供述調書。以下「乙二号証ないし八号証、二調号証及び二五号証」という。)を刑訴法三二二条一項該当書面として採用決定したことに対する被告人神田の弁護人らの各異議申立並びに証拠等関係カード記載の検察官甲証拠番号一二一、一八一及び同乙証拠番号四の各証拠(被告人神田の検察官に対する各供述調書。以下「甲一二一号証、一八一号証及び乙四号証」という。)を刑訴法三二一条一項二号後段該当書面として採用決定したことに対する被告人海野の弁護人らの各異議申立について

主文

本件各異議申立をいずれも棄却する。

理由は左記のとおり。

第一 一 被告人神田の弁護人らの本件各異議申立の趣旨及び理由の要旨は、裁判所が検察官請求の乙二号証ないし八号証、二四号証及び二五号証を取調べる旨決定したのは、いずれも刑訴法三一九条、三二二条、三二五条に違反し違法であるから、右各採用決定を取消し、右各証拠の取調請求を却下する旨決定されたいというのである。

二 そこで、検討する。

1 被告人神田は、第二五回ないし第三三回及び第三九回各公判調書中の同被告人の供述部分において、昭和五六年一一月二六日以降東京拘置所において検事から取調を受けた状況等について、(一)連日長時間にわたり夜遅くまで取調を受けた、(二)その間同年一二月八日にいつたん釈放されたが、その直後再逮捕された、(三)当初取調にあたつた川原史郎検事から①逮捕直後「お前の腹の中にたまつているウミを全部出せ。出すまではずつとこの拘置所にいさせるぞ」と言われ、②書類を机の上に叩きつけられ、③大声で怒鳴られた旨供述し、更にその当時の自己の境遇について、(四)自己が代表取締役を勤めていた株式会社カンダ・アンド・カンパニーは、同年一二月末までに決済しなければならない手形などがおよそ六〇〇〇万円もあり、同社はその資金繰りの目途がたたず、倒産の危機に瀕していた旨供述している。

2 しかし、まず、本件身柄関係記録によれば、被告人神田は昭和五六年一一月二六日有印私文書偽造、同行使の被疑事実(本件公訴事実中第四の二、三及び四並びに第五の二の各事実)について逮捕され、同月二八日に勾留され、同年一二月八日にいつたん釈放されたのち、同日、有印私文書偽造、同行使、贈賄の被疑事実(本件公訴事実中第一及び第二の各事実)について逮捕され、同月一〇日に勾留され、同月二八日まで勾留期間が延長され、同日起訴に至つたことが明白であるが、右のような身柄拘束を受けたこと自体、手続上、形式的にも実質的にもなんら違法な点はなく、その期間の点において不当に長く抑留又は拘禁された状態にないことも明らかである。

また、東京拘置所長作成の昭和五八年六月八日付回答書によれば、被告人神田は、右のように身柄拘束を受けていた間、三〇日以上にわたり検事から取調を受け、その取調も連日に及び、一日の終了時刻が夜一一時ころまで達したこともあつたことが認められるが、これをもつて直ちに被告人神田に対し、著しい肉体的・精神的苦痛を与える違法な措置がとられたということができないのはもとより、このような取調の期間や時間の長さなども、他の事例等にみられる長さなどに比し極度にこれを外れたものとは認められず、むしろ、本件の事案の性質や複雑さ(関係者も多数で、周辺事情の捜査も不可欠である)などに照らしある範囲で必要やむを得なかつたものと認められ、現行法制のもとで、身柄拘束中の被疑者に対する取調として合理的に許容できる範囲を著しく越えたものと認めることはできない。

3  次に、川原検事の被告人神田の取調状況についても、同被告人の前記供述部分が信用できるとして、川原検事がその取調に際し、被告人神田に対し「ウミを全部出すまで拘置所から出さない」などと申し向けたり、書類を机の上に叩きつける、大声で怒鳴るなどしたという事実が存在するという前提において考えても、同被告人の述べる右のような川原検事の取調方法ないし態度が適切妥当なものであるかはともかく、それ自体強制、拷問等にあたるものでないのは勿論、身柄拘束中の被疑者を取調べる方法として許容される限度を越えたものとは認めることができない。そして、被告人神田の前記供述部分を除けば、川原検事、更にその後主として本件第一及び第二の公訴事実に関し、同被告人の取調にあたつた土屋東一検事の取調において、強制、拷問、脅迫などの行なわれたことを窺わせる状況など一切見出すことができない。

むしろ、被告人神田は、前記各公判調書中の同被告人の供述部分において、右各検事から多少理詰めの追及を受けたことは認めながらも、とりわけ土屋検事の取調に関し「自分の述べたことを、実に速いスピードで要領よくまとめ調書に記載するよう検察事務官に口授するのに驚嘆した」「土屋検事が、調書に自分の立場をよくしてくれるために書いてくれたんじやないかなと感じた部分がある」「土屋検事は嘘を書くような方ではないということもよくわかつていた」などと述べている部分もあり(なお、乙二号証ないし八号証、二四号証及び二五号証はいずれも土屋検事が供述を録取した書面である)、結局、同被告人の公判段階における供述自体、同被告人の捜査段階における供述が強制等に基づくものではなく、むしろ、任意になされたものであることを裏付ける根拠でもある。

4  なお、前記各公判調書中の被告人神田の供述部分(前記1の(四)参照)及び証人神田總子の当公判廷における供述によれば、本件取調を受けていた当時、被告人神田がその実質的な経営にあたつていた株式会社カンダ・アンド・カンパニーが、そのころ、とりわけ年末も差し迫つた昭和五六年一二月には、多額の手形決済を控え、その資金繰り等に困難のある状況にあつたことが肯認でき、その意味で当時同被告人が早く拘束を解かれたいと願う状態にあつたことも認定できる。しかし、身柄拘束を受けた被疑者がそれまで通常の市民生活を送つて来た者であるならば、右のような心情を抱くこともしばしばみられることであり、捜査官がこれを利用してその者に不利益な供述を行なうよう働きかけたような場合は別として、捜査官の取調に際し被疑者が右のような心情を抱いているということによつて、直ちにその取調が違法となるものでないのは勿論、その際の供述が任意になされたものでないことになるものでもない。しかも、被告人神田の場合、前記各公判調書中の同被告人の供述部分によれば、同被告人は本件取調を受けていた当時弁護人らとひんぱんに接見し、右会社の経営に関しては弁護人らとも相談していたことが窺われ、その意味で、右のような状況にあつたことが同被告人の供述の任意性に影響を与えるものでないことが明らかである。

5  以上を総合すれば、取調時間が連日かなり長時間にわたつたことや、被告人神田の心情として早く拘束を解かれたいという気持の強かつたことなどを考慮に入れても、同被告人の捜査段階の供述についてその任意性に疑念をさし挾む余地はなく、結局、乙二号証ないし八号証、二四号証及び二五号証に記載された被告人神田の供述は、同被告人に不利益な事実の承認をした部分を含み、いずれも任意にされたものであると認められ、同被告人に対しては刑訴法三二二条一項により証拠能力を有する。

6 したがつて、検察官請求の乙二号証ないし八号証、二四号証及び二五号証の証拠調請求を採用した各決定になんら違法な点はない。

第二 一 被告人海野の弁護人らの本件各異議申立の趣旨及び理由の要旨は、裁判所が検察官請求の甲一二一号証及び一八一号証並びに乙四号証を刑訴法三二一条一項二号後段該当書面として取調べる旨決定したのは、いわゆる特信性についての判断を誤つたもので違法であるから、右各採用決定を取消し、右各証拠の取調請求を却下する旨決定されたいというのである。

二 そこで、検討する。

1 検察官請求の被告人神田の検察官に対する昭和五六年一二月一八日付、同月二〇日付及び同月二三日付各供述調書(甲一二一号証及び一八一号証並びに乙四号証)に記載された同被告人の供述は、いずれも同被告人の公判期日における供述とその供述内容が相反するか又は実質的に異なつたものと認められる。

2 次に、甲一二一号証及び一八一号証並びに乙四号証に記載された被告人神田の供述すなわち前にした検察官の面前における供述がいわゆる特信性を有するものと認められるか否かについて判断するに、被告人神田の検察官に対する右供述が任意になされたものであることは、前記第一認定のとおりである。しかも、被告人神田は、同被告人の検察官に対してした供述が同被告人の記憶に基づくものであることについて、第三〇回公判調書中の同被告人の供述部分において、「土屋検事から取調べられた際、同検事に想像に基づいて述べろという趣旨のことを言われたことは全くなく、同被告人自身の記憶を取り戻すよう促され、同被告人自身その努力をした」旨述べており、一方公判期日における供述については、その供述各所において、当該供述が起訴後に帳簿その他の資料を調べた結果に基づくことを述べており、その意味で両供述を対比すれば、検察官に対する供述の方が同被告人の記憶により忠実に述べたものであることが明らかである。してみれば、供述は自己の記憶の忠実な再現でなければならないというその本質に照らし、右のこと自体、検察官に対しなした供述の方が相対的に信用性を肯定できる情況にあることを示すものである。加えて、被告人神田の公判期日の供述によつても明らかな同被告人と被告人海野の従前からの関係、殊に被告人海野は自身被告人神田の顧客であるうえ他の顧客を多数紹介してきたことや、今後も被告人神田としては被告人海野に右のことを期待すべき立場にあること、更には本件の審理経過、争点の共通性等を考慮すると、被告人神田は公判期日においては、被告人海野の利益となるよう同被告人の供述に自己の供述を符合させようとしていることも窺える。

以上から結局、甲一二一号証及び一八一号証並びに乙四号証に記載されている被告人神田の検察官の面前における供述の方が、同被告人の公判期日における供述よりも相対的に信用できる情況下において供述されたものと認めることができる。

3 したがつて、検察官請求の甲一二一号証及び一八一号証並びに乙四号証は、刑訴法三二一条一項二号後段によりその証拠能力を有するものであるから、これを証拠として取調べる旨の各決定になんら違法な点はない。

第三 結  論

以上の次第で、乙二号証ないし八号証、二四号証、二五号証の各採用決定に対する被告人神田の弁護人らの本件各異議申立及び甲一二一号証、一八一号証、乙四号証の各採用決定に対する被告人海野の弁護人らの本件各異議申立はいずれも理由がないから、各刑訴法三〇九条三項、刑訴規則二〇五条の五によりいずれもこれらを棄却することとし、主文のとおり決定する。

③決定

証拠等関係カード記載の検察官乙証拠番号二六及び二七の各証拠(被告人神田の検察官に対する供述調書及び弁解録取書。以下「乙二六号証及び二七号証」という。)並びに同証拠番号三一ないし三三の各証拠(被告人海野の検察官に対する各供述調書及び勾留質問調書。以下「乙三一号証ないし三三号証」という。)を被告人らの自白の任意性ないし特信性の立証資料として採用決定したことに対する被告人神田の弁護人ら及び被告人海野の弁護人らの各異議申立について

主文

本件各異議申立をいずれも棄却する。

理由は左記のとおり。

一 被告人神田の弁護人ら及び被告人海野の弁護人らの本件各異議申立の趣旨及び理由の要旨はいずれも、裁判所が検察官請求の乙二六号証及び二七号証並びに三一号証ないし三三号証を被告人らの捜査段階における自白の任意性ないし特信性の立証資料として取調べる旨決定したのは、被告人らの任意にしたものでない供述を証拠とするものであつて違法であるから、右各採用決定を取消し、右各証拠の取調を却下する旨決定されたいというのである。

二  この点、本件各異議申立の趣旨についてその内容的な判断に入る前に、本件各証拠の証拠調の手続経過についてみるのに、乙二六号証及び二七号証については第二九回公判期日に、乙三一号証ないし三三号証については第四〇回公判期日に検察官からそれぞれ証拠調の請求があり、その各立証趣旨についても第四〇回及び第四二回各公判期日に検察官から供述内容それ自体を犯罪事実の認定資料として請求したものではなく、供述の任意性ないし特信性の立証資料として請求したものである旨の釈明があり、一方、弁護側においても乙二六号証及び二七号証については第二九回公判期日に被告人両名の関係でそれぞれの弁護人から意見が述べられ、更に被告人神田の弁護人らから第三〇回公判期日に詳細な意見が追加され、また、乙三一号証ないし三三号証については第四二回公判期日に被告人両名の関係でそれぞれの弁護人から意見が述べられ、更に被告人神田の弁護人らから昭和五九年四月一七日に書面で、被告人海野の弁護人らから第四三回公判期日にいずれも詳細な意見が追加されるという経過を経ていることが明らかであり、右のような手続経過に照らせば、当裁判所が第四四回公判期日において乙二六号証及び二七号証並びに三一号証ないし三三号証を被告人らの捜査段階における供述の任意性ないし特信性の立証資料として取調べる旨決定した際には、被告人両名の弁護人らとしてはいずれも、右各決定に異議があるならば直ちに異議を申立てることが可能であつたはずであり、にもかかわらず、異議の申立がなく、同公判期日に右各証拠の現実の取調が終了し、しかも、引き続き、右各証拠等も判断資料に加えられて、甲一二一号証及び一八一号証、乙二号証ないし八号証、一四号証ないし一九号証、二四号証及び二五号証の各採用決定がなされるに至つているのであるから、もはや現段階においては乙二六号証及び二七号証並びに三一号証ないし三三号証の各採用決定に対し異議を申立てることは時機に遅れたものというべきである。したがつて本件各異議申立は不適法であるから、各刑訴法三〇九条三項、刑訴規則二〇五条の四本文によりいずれもこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

④決定

証拠等関係カード記載の検察官甲証拠番号一五六の証拠(益田遺言の検察官に対する供述調書。以下「甲一五六号証」という。)並びに同証拠番号一五九及び一六〇の各証拠(益田吾郎の検察官に対する各供述調書。以下「甲一五九号証及び一六〇号証」という。)を刑訴法三二一条一項二号後段該当書面として採用決定したことに対する被告人神田の弁護人ら及び被告人海野の弁護人らの各異議申立について

主文

本件各異議申立をいずれも棄却する。

理由は左記のとおり

第一 甲一五六号証関係

一 被告人神田の弁護人ら及び被告人海野の弁護人らの本件各異議申立の趣旨及び理由の要旨はいずれも、裁判所が検察官請求の甲一五六号証を被告人神田及び同海野関係それぞれにおいて刑訴法三二一条一項二号後段該当書面として取調べる旨決定したのは、同条項にいう「前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき」(以下「相反性」という。)及びいわゆる特信性についての判断を誤つたもので違法であるから、右各採用決定を取消し、いずれの関係においても右各証拠の取調請求を却下する旨決定されたいというのである。

二 そこで検討する。

1 検察官請求の益田遠吉の検察官に対する昭和五六年一二月一四日付供述調書(甲一五六号証)に記載された同人の供述は、益田吾郎のプレスセンダー購入に関する被告人海野の関与の状況、選定過程等について、第三回及び第四回各公判調書中の証人益田遠吉の供述部分(以下「益田遠吉の証言」という。)と実質的にその趣旨を異にしているものと認められる。

2  益田遠吉は、同人が検察官に対し供述した際の状況等について、益田遠吉の証言中で、「椅子を蹴とばされたことがある」「検察官の理詰めの質問に迎合して供述した」「ランドルフィに関し述べたことは調書に記載して貰えなかつた」「取調が遅くまでかかり、ある程度疲労していて、訂正したいところがあつても、あまり言う気がなかつた」「その内容に違和感が残つている」などと述べている部分もあるが、他方、「一回目の取調の際、被告人海野をかばおうと思つて真実でないことをまぜて言つている部分もあり、二回目以降の取調においては、検事から追及されて、やつぱり嘘のようなものが通るもんじやないという気がして来た。本当のことでないとだめなんだなと思つて供述した」「検察官に調書を読んでもらつたが、事実関係は大筋で間違いないという感じを持つた」「取調べが遅くなつたのは勤めを終えて行つたことによる」などとも述べている。そして、益田遠吉の右供述に加え、益田遠吉の証言、第六回公判調書中の証人益田吾郎の供述部分、第二九回、第三〇回及び第三一回各公判調書中の被告人神田の供述部分、第三五回、第三七回及び第三八回各公判調書中の被告人海野の供述部分などによつて認められる被告人海野と益田吾郎との関係や、益田遠吉が益田吾郎の親としてとるべき立場などを合わせ考えると、益田遠吉は、本件捜査当時、取調にあたつた検察官に対し当初はできるだけ被告人海野の不利にならぬようその供述に配慮を加え、そのため検察官からかなり厳しい理詰めの追及を受けたことから、結局自己の記憶にある通り述べるほかないと知るに至り、その後は素直にその記憶するところを述べたものと窺われる。

一方、益田遠吉の証言についてみるに、その供述態度自体においても、とりわけ検察官からの質問に対しては、自己の答える内容について何かにつけ説明を付加したいという態度がみえ、益田遠吉の証言によつても明らかな、検察側証人でありながら検察官にとつて敵性証人的性格を帯びているという事情、例えば検察側証人として期日少し前ころ打合わせのため検察官から呼出しを受けたにもかかわらず、右呼出しに応ぜず、一方、被告人海野の弁護人らから打合わせのための呼出しを受けたのに対しては三回にわたつてこれに応じているという事情などを合わせ考えれば、益田遠吉は証人として供述するにあたつて自己の供述を被告人海野にできるだけ有利に導こうと努力していることが顕著である。

してみれば、右のような状況に照らし、甲一五六号証に記載されている益田遠吉の検察官の面前における供述の方が、益田遠吉の証言よりも相対的に信用できる情況下において供述されたものと認定できることは明らかである。

3  したがつて、検察官請求の甲一五六号証は、刑訴法三二一条一項二号後段によりその証拠能力を有するものと認めることができ、これを証拠として取調べる旨の各決定になんら違法な点はない。

第二 甲一五九号証及び一六〇号証関係

一 被告人神田の弁護人ら及び被告人海野の弁護人らの本件各異議申立の趣旨及び理由の要旨はいずれも、裁判所が検察官請求の甲一五九号証及び一六〇号証を被告人神田及び同海野関係それぞれにおいて刑訴法三二一条一項二号後段該当書面として取調べる旨決定したのは、いわゆる相反性及び特信性についての判断を誤つたもので違法であるから、右各採用決定を取消し、いずれの関係においても右各証拠の取調請求を却下する旨決定されたいというのである。

二 そこで検討する。

1 検察官請求の益田吾郎の検察官に対する昭和五六年一二月一三日付及び同月二三日付各供述調書(甲一五九号証及び一六〇号証)に記載された同人の供述は、その基本となる部分について、いずれも第六回公判調書中の証人益田吾郎の供述部分(以下「益田吾郎の証言」という。)と実質的にその趣旨を異にしているものと認められる。

2  益田吾郎は、同人が検察官に対し供述した際の状況等について、益田吾郎の証言中で、「検察官の理詰めの質問に迎合して供述した」「言つたことと文章にまとめられた表現では意味が違うところもある」「ランドルフィなどの件については供述したことが記載して貰えなかつた」などと述べている部分もあるものの、ほぼ全体を通じ、「検察庁でも一つも嘘は言つていない」「いや、むしろ検察庁で事情を聞かれたときは、まさか、僕のバイオリンがこんな事件の種になるとは思いもしませんでしたので、思つていることを、本当のことを言つたということであつて、むしろ起訴されて、『えつ』と思つたですね。どういうことだつたのかということで考えました」「調書に記載されたことで違う点については訂正を申立て、内容を直して貰つた」「証言前に検事から呼出しを受けて打合わせをした際、調書の内容は間違いないと話した」などという供述で一貫している。すなわち、益田吾郎の証言によれば、益田吾郎は、本件捜査当時検察官から取調を受けた際、自己の供述が被告人海野の刑事責任の追及についてどのような意味を持つか分らないまま、比較的気軽な気持でその際の同人の記憶に従いその思うとおり述べたことが窺われる。

一方、益田吾郎の証言については、益田吾郎の証言、第三回及び第四回各公判調書中の証人益田遠吉の供述部分、第二九回、第三〇回及び第三一回各公判調書中の被告人神田の供述部分、第三五回、第三七回及び第三八回各公判調書中の被告人海野の供述部分などによつて認められる益田吾郎と被告人海野との関係、益田吾郎の現在の職業上の地位等と、益田吾郎の証言内容更にはその証言態度などを合わせ考えると、益田吾郎は、証人として供述するにあたつては、できる限り自己の供述が被告人海野に有利となるよう気を遣つていることが窺え、更には前に検察官に対してした自己の供述が被告人海野にとつて不利に受け取られぬよう説明を補い、あるいはそのような供述をするに至つた事情について弁解とみられるような供述をしていることが認められる。

してみれば、以上認定のような状況や、これらから窺われる益田吾郎が検察官の面前及び公判廷においてそれぞれ供述に臨むにあたつてとつた姿勢にも照らし、甲一五九号証及び一六〇号証に記載されている益田吾郎の検察官の面前における供述の方が、益田吾郎の証言よりも相対的に信用できる情況下において供述されたものと認定することができることは明らかである。

3  したがつて、検察官請求の甲一五九号証及び一六〇号証は、刑訴法三二一条一項二号後段によりその証拠能力を有するものと認めることができ、これを証拠として取調べる旨の各決定になんら違法な点はない。

第三 結  論

以上の次第で、甲一五六号証、一五九号証及び一六〇号証の各採用決定に対する被告人神田の弁護人ら及び被告人海野の弁護人らの本件各異議申立はいずれもその理由がないから、各刑訴法三〇九条三項、刑訴規則二〇五条の五によりいずれもこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官松本時夫 裁判官佐藤 學 裁判官松並重雄)

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